お金にならないお金の話

お金は使うと無くなる、これを公理とする

水道と水力学

水道と水力学

水道は文明の根幹であり、すべてに優先して構築し保全する対象である。水道水には塩素が添加され、飲料の直前まで塩素濃度が維持されるようにシステムが構築されている。塩素が生物である人間に有害であることは確実であるが、細菌の繁殖を防止することで乳幼児の生存率を高め、人の寿命を延ばしていることも事実である。水道の本質は、毒をもって毒を制す、である。このような水道は人間の発明であり、人間が自然に優越した象徴である。

確かに、水道は人間の発明であり、自然の産物ではない。ところが、水道水を供給するための学問は水力学であり、こちらは自然現象を整理した自然の産物である。水道の発明と水力学の発見は対を成している。

社会を構成する構造は発明であり、社会を成立させる原理は発見である。このような発明と発見の関係には、例外が無いように感じる。例外が無いことの証明はできないが、発明と発見の分離は慣用句として荒唐無稽と表現される。一般的に、利用可能な発明には対応する自然法則の発見が付随している。

水道の本質、水道の構造、水道の原理、水道の説明は多面的になる。蛇口をひねると飲料水が出ることは、目的、発明、発見に分けて理解し、説明する必要がある。外国からの観光客には、水道水は飲んでも安全だと説明すれば良いが、水道の設計施工には、目的、発明、発見を理解する必要がある。

これは貨幣にも当てはまる。社会と係わり始めた子供には、一万円札は安全だと教えれば良い、お金は噓をつかないと教えても良い。しかし、働いて自活するにはもう少し詳しい知識が必要となる。社会人として必要な貨幣の知識は、収入と支出の均衡を保つことである。収入以上の支出ができないことを強制することが、貨幣の目的である。この貨幣の目的を理解すれば社会人として生活できる。さらに貨幣を管理するには、発明、発見を理解する必要がある。逆に言えば、貨幣の管理者以外は発明と発見を理解する必要はない。

ここで疑問が分散する、貨幣の発明、貨幣の発見、貨幣の管理者。貨幣は人工物なのだから発見は何だろうか、管理者とは通貨発行権のことだろうか。そもそも貨幣の目的も本当だろうか。

始めに貨幣の目的について。「貨幣の目的」、「お金の目的」と検索しても、何もヒットしない。私自身も「貨幣の目的」と書いたのは初めてである。しかし、日常の経験からは、お金が無いと買い物ができないし、これは平等なルールに見える。お金の目的は収入以上の買い物をできなくすること。お金の制約はこれ以外にない、誰もが共感できるだろう。仮説としては十分である。

それぞれの企業が生産した商品と同額のお金を支給すれば、社会全体でも生産額と購買限度額は一致し、経済は過不足なく完結する。企業は赤字の継続で淘汰されるので、商品価格以上のお金を支給することはできない。商品の消費においても、個人が収入の範囲で購入を制限されることで、社会全体での商品の過不足を防ぐことができる。個々の企業と個人が単純なルールを守ることで、社会全体の経済が成立するのであるから、お金は非常に優れた発明である。お金の目的は収入以上の消費を禁止することである。常識だけれども教科書に記載はなく、ここでの考察から得られた仮説である。

次にお金の発見について。お金の目的が仮説であるから、これ以降の考察も仮説であることに注意してほしい。発見とは発明に付随する自然法則である。商品生産量と商品消費量を一致させることがお金の目的であるから、ゼロサムとか保存則が対応する自然法則であろう。

次にお金の管理者について。お金の利点は、個々の企業と個人が個別にルールを守ることで、経済全体の均衡を維持できる点にある。ルールを守ることでルール違反の相互監視となる。法治国家の形式として、法律や警察が審判の役割をするが、プレーヤだけでもゲームの進行が可能である。即ちお金の管理者は不要である。企業や業界団体がそれぞれに貨幣を発行して、商品金額と発行金額を一致させれば良い。この場合、商品の販売に対し確実に貨幣を回収する必要がある。お金の発行者は販売時にお金を回収し、この回収したお金は確実に破棄しなければならない。この管理は厳密に実行する必要があるが、人の心情として、手にした貨幣を破棄することは難しい。そこでこの役割を銀行が一手に引き受けている。王様や政府がお金の管理をすると発行と回収の厳密性が損なわれ、経済は周期的に破綻すると予想できる。

現在は、お金の管理者は銀行であり、その役割は回収したお金を破棄することである。企業や政府がお金の発行と回収を行う場合、管理者は不要である。しかし、発行、回収、廃棄を厳密に管理することは人の性質として難しい。専任として銀行に委託している。

次にお金の発明について。お金の目的が商品生産と商品消費の均衡であるから、お金は商品量と対応すればなんでも良いことになる。実際歴史的には、貝、布、金属、紙などが利用されている。コンピュータによるデータ管理でも問題ないだろう。

お金の形式が多様である事実とお金の目的が商品生産と商品消費の均衡であることは整合性が取れており、仮説の有力な証拠である。

まとめ。発明には、目的、具体的な形式、基盤となる自然法則の発見が一体となっている。お金について、目的、発明、発見について考えると、商品生産と商品消費の均衡が目的であり、基盤となる自然法則は保存則であり、具体的な形式は貨幣と銀行預金である。

最後に。お金で利用される保存則は、無から正と負が同時生成し、同時消滅する、負の数を含む保存則である。実際の運用では、商品も貨幣も正の数であり、この部分がお金の議論に混乱を与えている。自然は負の数を利用しているが、人の思考は自然数であり、お金はこの差異を調和させる発明ともいえる。